写真は中国西安市北西部の雲南省の美しい鹿谷湖川に住んでいるナシ族。中国唯一の母系社会の特性を保っている部族です。 写真はここ [1]よりお借りしました
・昔はいい女とは、まずは征服欲の沸く女であり、「ものにしたい」対象であったように思います。
それが性的魅力があるといわれてきました。しかし特に現代においては、それと違う”いい女”像があると思います。
”いい女”ってどうなんだろうと改めて考えてみることにします。 るいネットさんより引用です。
“いい女”は場(仲間・集団)に根ざしている [2]、
“いい女”議論が活発です。つられて久し振りに参加させてもらいます。
“良い女”、と言われて、男としてすぐに思い浮かべるキーワードは、「モノにしたい」です。性的な魅力を土台にし、精神的な安らぎや落ち着きを与えてくれる魅力的な女性像が浮かんできます。人によりモノにしたい理由は様々でしょうが、基本的には性的・肉体的魅力のある商品価値の高い女を手に入れること、が優先していると思います。このような“良い女”を巡っての男女の意識は、常に人と人(=男と女)との間だけのものです。
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つづく
それと違う“いい女”像があります。いてくれるだけでその場の雰囲気が明るくなったり、時に締まったりさせてくれるような女性です。個人的には、癒してくれたり、安心できたり、次への活力を与えてくれます。もちろん性的な魅力も大いにありますが、「モノにしたい」と主張できない何かがあります。それは、その女性が、その場・仲間・集団に根ざしたかかわりを意識させているからでしょう。このような“いい女”を巡っての男女の意識は、その場(仲間・集団)を介在させた人と人(=男と女)の関係になります。この場(仲間・集団)が感じさせる規範が男の「モノにしたい」意識を押さえさせているともいえるし、この場(仲間・集団)の中で“いい女”が安心し、さらに生き生きしているようにも見えます。
ここで議論されているような“いい女”としての資質と同時に“いい女”を安心させることのできる場(仲間・集団)も必要のように思います。これが川井さんの言われる、“女が安心できる場”のような気がします。また、“外に向かい闘う男”は、この様な場で初めて生じ得るものではないでしょうか。
この写真も、現在も母系社会を続けているナシ族の女性です
このように根底的な男女関係ですがは現代はそれが希薄になっているような気がします。
この前のなんでや劇場では性欲が出てこないのはなんで?という論点が扱われました。
・現代の若者の男女関係は仲間関係だと何の問題も無いが性関係に発展しようとするとブレーキがかかる。 (性捨象ってどうなってる? [3])
・このように特に男には、女やセックスどころではないという感覚がある。
しかし哺乳類は性闘争で適応してきた。したがって性欲は最強の引力を持つはずである。これは人類も例外ではない。
・現代は収束不全の時代であり、みんなが何か得体の知れない不安を感じている。今日と同じように明日はやってくるのだろうかというような不安感である。この全てに優先するような気がかりなものの正体はなんであろうか。 😯 😯
・なんでや劇場ではこれは【秩序の崩壊】という生命原理の崩壊ともいうべき現象ではないかと・・
この秩序の崩壊現象は本能・共認・観念機能のどこから見てもだれもが普遍的にキャッチできる現象である。 :tikara:
・現代人は誰もが最も深い適応本能の次元でこの【秩序の崩壊】という問題を孕んでいる。
これは男・女を問わず感じ取れる問題である。
・安定充足存在たる女が先行き探索し、新秩序の形成を男に期待し、男が応合する。
そういう場(仲間・集団)があってはじめて”いい女”が作られるのではないでしょうか。
次回は「 いい男ってなに?」です。
tennsi21