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経済破局間近…家庭という枠を超えた問題をどうする!?-6~家族私権の衰弱と、その後?

こんにちは。hajimeです。

【経済破局間近…家庭という枠組みを超えた問題をどうする!?】シリーズも六本目に突入です。本題に入る前に、おさらいをしておきましょう。

☆ここ数回は、
経済破局間近・・・家庭という枠組を超えた問題をどう突破する!?-3~縄張り意識の上昇と集団自我による略奪闘争 [1]
経済破局間近・・・家庭という枠組を超えた問題をどう突破する!?-4~国家私権の時代(明治~1970年)とは何か?企業私権の時代(1970~1995年)とは何か? [2]
経済破局間近・・・家庭という枠組を超えた問題をどう突破する!?‐5~企業私権の衰弱(1995年)と家族私権の時代(1995~2003年or2008年) [3]
というテーマで、進んできました。

☆さらっと概要をまとめると、
・古くは遊牧部族の集団自我の発生→略奪闘争→略奪闘争の玉突き拡大→超肥大国家の形成という流れで、「国家」が形成される。

☆社会が市場社会に転換すると、
・富国強兵という錦の御旗のもと、国家間の相対意識を下敷きに「国家私権」の時代に。
・貧困が消滅し豊かさが実現されると、企業間の相対意識を下敷きに「国家私権の衰弱→企業私権」の時代に。
・バブルが崩壊すると、家族間の相対意識を下敷きに「企業私権の衰弱→家族私権」の時代に。

☆そして、財政危機・環境危機・教育危機を下敷きに、「もったいない意識」→2008年市場社会の危機を下敷きに「節約意識」を経た現在は、とうとう家族私権すらも衰弱過程に。消費主体である家庭から、過剰な消費がなくなってしまった。加えて、家庭の中での唯一の課題といってもいい「子育て・教育」も、その熱が冷めつつある。
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(こちら) [4]よりお借りしました。
というところまで展開してきました。

そうすると当然気になりますよね。
【家庭唯一の子育てという課題がなくなってしまった家庭は、一体全体どうなってしまうのか?】

応援、よろしくお願いします。

すごく気になるのですが、そこを探るため先に、「家庭唯一の課題:子育て」とは何だったのか?をおさえてみましょう。

他方、バブル崩壊に伴う経済危機は、人々の間に危機感発の安定欠乏を生起させ、目先の安定志向を強めさせる(注:この危機発の安定志向は、’70年以来の充足発の安定志向とは別物である)。そして、この危機発の安定志向は、「自由」が空中分解したことも相まって、目先の秩序収束の潮流を生み出してゆく。タバコ、セクハラ、食品叩きと続く魔女狩り=マナーファシズムは、この秩序収束の潮流に乗った法曹官僚とマスコミの仕掛けである。
しかも、この目先収束は、秩序収束の段階に留まらず、更に目先の制度収束へと突き進んでゆく。

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      (こちら) [5]よりお借りしました。

豊かさの実現以来の充足志向→実現志向の大潮流は、’95年、私権意識の衰弱が顕在化したことによって、一段と強くなっていったが、同時に、危機発の目先の秩序収束の潮流が生起したことによって、実現志向と秩序収束の合流点に目先の制度収束の潮流を生み出していった。既存の制度の枠組みの中での、授業や試験や資格への収束が、それである。

中でも、子供や若者の試験制度への収束は、小学生の時から勉強漬けで「勉強しか出来ない」無能エリートを大量生産しただけではなく、学歴が生涯の身分をほぼ規定する学歴身分社会を作り出し、社会を少数の特権階級と多数の下層階級に分解してゆく
(潮流6:’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束) [6]より

そして、

私権原理が崩壊し、社会が統合軸を失うと、歯止めを失って社会は暴走してゆく。無差別殺人やモンスターペアレンツの登場もその一例であるが、最も恐ろしいのは、社会を統合する役割を担っている特権階級の暴走である。

    -霞ヶ関-       -強行採決-       -えん罪裁判-
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(こちら) [7]         (こちら) [8]       (こちら) [9]よりお借りしました。

経済危機が生み出す危機感は、現体制の上位の者≒特権階級ほど切実であり、強い。従って、目先の制度収束は、上位≒特権階級主導で形成されたと見るべきだろう。
実際、授業や試験に収束しているのは、上位の子供たちである。何よりも、特権を維持するために自分たちに有利な制度を作って格差を拡大し、身分を固定させてきたのは、専ら特権階級の仕業である。
大多数の私権意識が薄れていく陰で、ひとり権力喪失の危機感を募らせた特権階級は、その飼い主たる金貸しや国際企業を含む自分たちの特権を維持するために、優遇税制をはじめ様々な特権制度を強化し、その結果ますます格差を拡大させ、身分を固定化させてきた。

とりわけ、団塊世代以降の特権階級は、貧困を知らず、本当の私権圧力を知らない。従って、彼らは、肉体的欠乏に発する本当の目的意識を持ち合わせていない。彼らは、単に試験制度発の「合格」という無機的な目的意識を植え付けられてひたすら試験勉強に励み、「特権」を手に入れた連中である。しかも彼らの大半は、試験制度という与えられた枠組みの中でひたすら「合格」を目指してきたので、その前提を成す枠組みそのものを疑うという発想が極めて貧弱である。
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(こちら) [10]よりお借りしました。
従って、彼らは社会に出てからも、ひたすら既存の枠組みの中で走り続けることになるが、もはやそこでは、既存制度によって与えられた特権の維持と行使という目的以外の目的意識など生まれようがない。
かくして、団塊世代が幹部に就いた’00年以降、彼ら特権階級はひたすら与えられた特権を行使し、次第に「社会を動かし」「世論を動かし」ているという支配の快感に溺れてゆくようになって終った。
それだけではない。危機に脅えた特権階級は、アメリカの力に拠り縋り(その結果、アメリカの言い成りになって)中立公正も何もない露骨な偏向・煽動報道によって小泉フィーバー、郵政選挙を演出し、更には検察とマスコミが一体となって、鈴木宗男、佐藤優、植草一秀、小沢秘書etcの政敵を失脚させてきた。これは、麻薬中毒よりももっと恐ろしい、権力の自家中毒である。

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(こちら) [11]よりお借りしました。

改めて、我々は、私権時代の遺物である試験制度の恐ろしさを、もっと真剣に考える必要があるだろう。この目先の試験制度収束は、新たな学歴身分と格差の拡大を生み出し、特権階級を暴走させただけではなく、ネットという闇空間での誹謗中傷や無差別殺人etc下層階級をも暴走させてきたからである。とりあえず、ペーパーテストの比重を半分以下に低減させるetcの応急措置が急がれる。又、ネットから闇住人を締め出す措置も急がれるだろう。

しかし、根本的には、私権原理に代わる新たな統合原理=共認原理が確立されない限り、社会の暴走は続くことになる。
(潮流7:暴走する社会(特権階級の暴走と下層階級の暴走)) [12]より

というように、私権時代の制度である「試験制度」に収束してきただけ。そして、その結果、暴走する「特権階級」を生み出してきただけだったのです。

そもそも試験制度は、特権階級が彼らの特権を維持するために作った私権時代の制度。だから、一般庶民には縁遠い話だったはずです。しかし、国家私権の時代から企業私権の時代へ移行するに併せ、試験制度も「特権階級を目指す制度から、有名大企業を目指す制度」へと、その対象を広げてきました。

そして家族私権の時代には、「とりあえず、良い学校に。」いまや、大学全入時代に。しかし、大元の私権原理は既に崩壊し、制度だけが残ってるという状況では、「試験制度→教育熱」も、所詮偽ニッチでしかない。市場維持(あわよくば拡大)を狙う、教育業界の暴走でしかないのです。家庭における教育熱は、先行きが見えない中、それに踊らされていただけだったのではないでしょうか。

ここ10年の受験熱なんかも…。将来、東大や京大を卒業したとして、どうなるのか?特権エリートとして社会に出たとしても、きっとそこに未来は無く、むしろ一般庶民からの「エリート叩き」に晒されている可能性が高い。受験熱も、所詮教育業界の作り出した、偽ニッチそのもの可能性が高いのです。

結局のところ、格差社会騒動の勝ち組とは、「ニセモノ=絶滅種」に過ぎなかった。
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★最近10年間の「勝ち組」とはニセモノ=絶滅種にすぎない
意識潮流上、最もホットな問題。
最近10年間、勝ち組と言われたトヨタやホリエモンや、小泉-自民党や検察・マスコミといった特権階級だけでなく、下の方でもモンスターペアレンツやネット右翼などがやりたい放題してきた。
 
しかし所詮、私権圧力低減下で好き放題に振舞えただけにすぎない。(前回のなんでや劇場)つまり、彼らは全てニセモノである。世の中の大勢は私権の衰弱⇒(共認)充足基調であり、それに対して彼らは少数の反動勢力であり、勝ち組どころか絶滅種にすぎない。
(リンク) [13]

ということに、みんな気がついた。

そして、これらの暴走は、

この危機発の目先収束は、危機発である以上、私権体制の崩壊に伴う一時的な潮流であることは明らかである。その意味では、目先収束と特権階級・下層階級の暴走は、社会の表層に現れた先端現象にすぎない。 %E8%AC%9D%E7%BD%AA%E4%BC%9A%E8%A6%8B%EF%BC%91.jpg

暴走を続ける社会の深層では、私権原理から共認原理への移行が着々と進んでいる。そして、社会の表層で進行する格差の拡大と権力の暴走は、この深層の充足志向→実現志向およびそれらが生み出した共認収束の大潮流と根本的に対立する。つまり、彼らの言動は時代に逆行したハネっ返りの反動行為そのものである。従って、特権階級が暴走すればするほど、彼らの無能さと邪心が見え見えになり、白日の下に曝け出されてゆく。
(潮流8:自民党は、なぜ見限られたか?) [14]

では改めて、
【家庭唯一の子育てという課題がなくなってしまった家庭は一体全体どうなってしまうのか?】

・節約意識により、過剰な消費はしなくなった。
・子育て課題、その中心だった「教育熱」も、無意味になった。

家庭の機能である消費と子育て。その両方ともなくなってしまうということは、「生殖(+子供を産む)」しか残っていないのではないでしょうか。そして、ちまたでは、「セックスレス夫婦」が増大。

そして、家庭には何も残らなくなった。

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      (こちら) [15]よりお借りしました。

しかし、この状況は、家庭にとっては転機ではないでしょうか。核家族の制度自体、私権時代の制度。その土台となる私権原理が崩壊しているのだから、早晩、制度自体無意味になります。それに対し最後にとどめを刺すのが、「子育て課題の崩壊」。

ところが、婚姻制度は社会の最基底部にあるので変革には長い時間を要する問題である。打つ手はないのか?
そこで、もう一つの概念「女原理の充足基調」の潮流を基盤に据えて考えてみたらどうか?
少なくとも、その潮流が来るべき新たな婚姻制度の土台になることだけは間違いないと考えられる。

(中略)

婚姻制度が社会の最基底部にあるのは、哺乳類では雌雄の引力が最大の引力(活力)であるからだが、全文明史を覆すほどの今回の社会の大転換も、男女の引力を基盤にした社会変革というスタイルになるのではなかろうか。言い換えると、男女の問題を捨象している政権交代や社会派とは無関係な、偽ニッチを吹き飛ばすような、もっと根底的な変革になるということだろう。
(リンク) [16]

そして、【子育て=人を育てるということ】 [17]という、本来の子育てに転換できるのではないでしょうか。

とすると気になりますよね。家族私権も衰弱過程にある現在、残るは個人の自我・私権。社会の中で、「個人」の存在は、どうなっていくのでしょうか?
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                                (こちら) [18]よりお借りしました。

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