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2008年12月05日

婚姻史シリーズ(1) 母系制婚姻様式

前稿「「家庭」の根幹がぐらついている
にて予告した通り、私権→私婚の共認へと至った歴史背景の追求に、いよいよ入っていきます。

その前に、「私婚ってなに?」という事をしっかり定義付けて置く必要がありますね。

私婚とは、私有婚の事。

男の私権によって女の性を買い取り私有する婚姻様式。現代の一対婚(一夫一婦制)や一夫多妻制などがある。

すなわち、男の私的所有権の発生と同時に、女がその所有権の一部として取引関係の中に組み込まれたものが、私有婚の起源と見ることが出来ます。

現在の日本や先進国で一般的に言われている結婚制度は、全て私婚に含まれます。最近の若い人々にはその様な意識はあまりないと思いますが、未だ風習として一部残存している「結納」等も、元を辿れば娘を買い取る事を儀式化したに過ぎないんですね。

さて、その私有婚の起源を探るには、それ以前はどうだったの?という事を知る必要があります。

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先ほども触れた通り、その起源は「男の私有意識」の発生と綿密に関わっており、父系性への転換と同時に、私有婚規範が形成されて行くのです。よって、それ以前の母系性集団においては、集団内婚、あるいは集団婚という婚姻様式によって集団が維持されていました。

今日は、その中でも最も古いであろう集団内婚の事例を紹介したいと思います。

エスキモー族

結婚は一夫一妻とは限らず、一夫多妻も多夫一妻もあった。若い男女がセックスの関係を結び、お互いに充足した時に結婚が成り立つとされた。(しかし、子どもができるまでは正式に決まったものとは考えられなかった。)そして、二人の間に不和が生じたときは、簡単に離婚は成立した。

 セックスについての彼等の見解は、実にあけっぴろであったという。子どもに隠れて性行為をすることも、子どもがセックスについていろいろと実験をするのを止めることもなく、純潔を尊重する習慣もなかった。少女が妊娠しても、その相手である可能性のある男性数名全員が、結婚を承諾するのが普通であった。お腹が大きくなったということ、子どもが産めるということを実証したことになり、歓迎されたのである。

兄妹婚

フィンランドの民族叙事詩「カレワラ」では、クツレルボが野原で美しい乙女と出会い、その娘と交わるが、身元を尋ねた時、彼女が行方知れずになっていた実の妹であることを知り、妹は滝に身を投げ、彼もやがて自殺します。この他千夜一夜物語の第11・12話や、朝鮮民話など、兄妹相姦の物語は普遍的ではありますが、たいていは強烈な罪の意識を伴い、当事者の異常な死で終わる暗い物語になっているのです。

ところが、兄妹相姦が民俗的に必ずしもタブーではない、東南アジアから我が国に及ぶ範囲では、兄妹相姦の物語が、あっけらかんとした明るさをもって語り継がれているのです。塞の神にからめて兄妹相姦を語っている伝承が、群馬県勢多郡粕川村月田、栃木県上都賀郡栗野町上粕尾・下粕尾 、岐阜県吉城郡宮川村中沢上 などに伝えられています。

兄妹結婚

我が国においては古い時代、兄弟姉妹と夫婦とは区別されることのない同一の概念である。

クナド婚

 群の定着は、縄文前期頃から始まり、中期以降は一般化してくる。生産力の増大、人口の増加から、群はようやく孤立性、移動性をなくし、かつては別れ去った分岐群もいまは隣り合って集落を作るようになる。その段階で群は族内婚から、隣群との族外婚に進む。二群三群でも集落の全男女が相集まって共婚行事をもつ。

 (時期がはっきりしませんが、恐らく農耕段階では)族外婚が広域化して外族との和平や政治的、経済的ブロックの拡大を動機とする、クナド婚を発達させた。クナドとは数ヶ村共有のヒロバや入会山、交通の要所で、女たちは胸乳をあらわし、ホトを露出したウズメ式の身振りの尻振り踊りによって他部落の男を誘惑し、子ダネを獲得した。クナド婚により孤立した氏族集落体から部族連合体への道が開かれた。

bijutsu_pic_11.jpg
画像は有名な「天の岩戸」の絵です。

以上、上記引用は史実のごく一部であり、特に始原人類の婚姻様式は、ほぼ上記のような母系性を基礎とした単一集団内で完結した形であったのです。1万年以上前の人類は、まだまだ少数勢力でしかなく、その殆どは洞窟暮らしであったと推測されています(史跡の発掘が洞窟からしか出てこない)。そうなると、集団内での婚姻、即ち近親婚により、500万年近くの歴史を維持してきたのが、人類の祖先であるとも言えるのです。

現在の常識?から考えると少し驚いてしまいますが、集団が大型化すると同時に、徐々に近親相姦のタブー規範が形成されていった、という歴史なんですね。上記に紹介したように、特に東南アジアや日本においては、兄妹婚や父娘婚なども村にとってのめでたい話として語り継がれ、一方で西洋における近親婚は早くからタブー視が形成されるという、結婚観の違いが早くも表れていた事には、興味が沸きます。この違いはどこから生じたのか?

あるいは、集団が大型化していく過程において、婚姻様式はどのように変化して行ったのか?
さらに続けて、様々な婚姻様式の歴史を追っていきましょう。

投稿者 kawait : 2008年12月05日 List   

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コメント

近親相姦が何故タブー視されたのか・・・?
少し調べてみましたが、実は良く分かっていないようですね。

族外婚の奨励のためという見方があるようですが、何故そうした規範が現在の私婚規範にも組み込まれているのは?

興味があります・・・。

投稿者 さいゆー : 2008年12月9日 22:32

確かに、現在の婚姻制度はどの国においても近親婚のタブーが法文化されているようです。

史実を追って、その理由を考えてみたいですね。

元々単一集団であった人類が生き延びる事が出来たのは、近親婚を繰り返して来たからである事は間違いない訳ですから、何かしらの理由があって、現在の形に至ったわけですもんね。

投稿者 かわい : 2008年12月18日 23:34

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