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不登校どうする?!4~不登校生徒の頭の中はどうなっているのか~

前回は不登校生徒の心の中がどのような状態にあるのか、具体的事例を用いて紹介しました。
さて今回は、不登校生徒の頭の中(観念)がどのような状態にあるのかを紹介したいと思います。

些細なきっかけで不登校や引きこもりに陥ってしまう生徒は、そんな状況を打破できないのはなんでか、そのままずるずると不登校を続けてしまうのはなんでか。
実は、今や当たり前のように存在している「ある言葉たち」が若者を苛ませているのでした。
ん?!どういうこと?どんな言葉?

と思った方は、つづきをどうぞ・・

るいネットの中に興味深い記事があったので紹介しますhttp://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=51447 [1]

>私権全盛時代を経てきた人達にとっては私権に代わる言葉が「自分探し」なのかもしれませんが、バブル崩壊後に成人した我々の世代にとっては、もはや死語となっているように感じます。(51212堀さん)

100万人の引きこもりや不登校がいるという。
彼らへのTVインタビューを思い出した。
「ありのままの自分を愛してほしかった」
「今まで自由に自分で考えたり決めたりしたことがなかった」
「かけがえのない存在としての自分を認めて欲しかった」

やたらと、「自由」や「自分」という言葉が耳についた。
彼らは、もはや死語になっている「自分」という観念に呪縛されてきたのだろう。

>問題なのは、だから、その言葉を使った途端に、一方=自己しか対象化されないことになり、思考ベクトルがひたすら「自分」≒内面しか向かわないことです。つまり倒錯思考に陥ることです。これでは何事も実現できないでしょう。 (51407北村さん)

そうです、若者達を苛ませているのは今や当たり前のように存在している「自由・自分」といった言葉たちです。私権獲得の必要性がなくなった現代においてはこのような言葉はもはや死語となっているにもかかわらず、未だ若者達につきまとっている状態。

些細なきっかけで不登校になった状況を打破しにくくさせているのが、この「自由・自分」といった観念です。
どういうことかというと、不登校になった原因を追究⇒今後どうする?!といった思考をすることができれば、仲間達との関係も修復・改善することもでき、不登校の状態が長く続くことを回避できます。
しかし、この「自由・自分」といった観念に捉われていると、不登校になったのは自分のせいではないと自分を正当化・他者を否定してしまい、今後どうする?!といった思考に辿り着くことが出来ないのです。
だから状況も一向に改善せず、そんな状態がずるずると・・

先の記事にはこんな成功事例もありました。

引きこもりや不登校の顕在化とともに、各地で「フリースクール」や「親の会」が活動している。
親も子も「他人との出会い」が社会復帰の第一歩だったと言う。

「無根拠な”自分探し”をやめたら、わたしはみんなのなかの一人でみんなと共有できている。もう、恐くなくなった」(対人恐怖症の女子高生)。

在りもしない不毛な「自分探し」や「自己実現」は、引きこもりや不登校はもとより、この社会を閉塞させている元凶であることを肝に銘じなければならないと思います。

このように、不登校生徒の頭の中は死語いわば旧観念に洗脳されており、現実に適応できていないという状況が浮かび上がってきます。現実に適応できなければ活力も出るわけもありません。
だから、学校に行かなくちゃという思いは頭に浮かんでもどうすることもできないといった状態に陥っているということができます。

では、次回は不登校生徒の家庭事情はどうなっているのか、を具体事例をふまえながら見ていきたいと思います。

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