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大正~昭和初期の恋愛【気分】

さて、明治時代の実態をざっくりと探索しましたが、やはり明治時代というのは、庶民にとっては世帯を持つ以前に過酷な時代であった、というのが正しい認識のようです。

そうは言っても、人口増加が急激に進む時代。即ち、徐々にではあっても、市場拡大と共に生産基盤が整い始め、都市部には商工業を中心とした小金持ちが増えていった時代でもあります。

そこで、今日は大正・昭和に掛けての家庭観とはどのようなものであったのか?を今日は紹介します。

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先日の記事
新しい家庭づくり [1]

(明治26<1893> 年)「一家の生活を主人だけに頼るのでなく、妻、妻以外の老幼も分相応の内職(仕事)をするべきである。その結果、国の富を生むことになる。また、一家の生活の足しにもなり、そこから幸福が生まれる。」と労働のもつ役割を述べ、(明治28<1895> 年)「男子の保護や庇護の下に、閑居逸楽を夢見る婦人は哀れむべき」存在であると述べています。

女工の生活 [2]
でも紹介されていましたが、明治時代というのは老若男女の全てがとにかく働く事が奨励されていました。

しかし、この中でもとりわけ稼ぎ頭であったのは、やはり一家の主人。
家制度が依然として力を持ち、私権獲得はもっぱら男の仕事であった訳です。

さて、ここで注目しておきたいのが、女も子どもも良く働いた、というのは明治時代特有の話しではないだろう、という事。むしろ、庶民の大半が農業に従事していた時代(明治以前)は、文字通り村全体で仕事をしていたであろうし、そこで得た報酬(食糧)も、村全体の共有財産として区分されていたと考えられます。

しかし、明治以降、近代化・工業化・都市化が同時並行で進む中で、大きく変化していった事があります。

それは、男と女、あるいは資本家と労働者といった形での賃金格差の誕生です。

この賃金格差が、悲惨な女工事情や都市の貧民層を生み出し、一方で商業基盤を手中にした小金持ちやインテリ階級等も登場しました。

このような激動の中で、大正時代辺りから登場したのが、「主婦」という存在。
主に女学校出身などのエリート層中心に、女性の権利主張が始まりました。

「主婦」の登場…大正時代は女権の拡張期 [3]

貨幣経済への強制的な移行と共に、様々な格差が社会の中に作られ、その中での男の私権に対抗する手段として、女の権利主張が叫ばれるようになったのです。

ところが、女の権利主張というものは実は密接に市場拡大路線と絡みあって行きます。その具体的な中身とは、性権力の土台となる性的商品価値の創出です。

都市の中で発達した文化に目を向けて見ると、ほぼ女性向けの商品で埋め尽くされた百貨店 ・デパート が作られ、ダンスホール・カフェといった ナンパスポット も登場します。

もちろん、これらの商品市場は剥き出しの性ではなく、いかにもな言葉で美化され、めったに手に入らないものとしての価値付けが同時に行なわれていったのです。その代表格が、「恋愛思想の普及」でした。

minatoya.jpg [4]
【図版】 竹久夢二 [5]

日本の純愛史 3 恋愛結婚と純愛 -大正時代 [6]

上記サイトに、大正時代の意識転換の情景が書かれていて面白いのですが、中でも当時のメディアを賑わせ、男女間でも話題となったのは、「処女」「貞操」といった恋愛にまつわる観念論であったそうです。

残された文献として目にすることは非常に少ないながらも、明治~昭和にかけて、「夜這い禁止令」が度々発令されていた事と重ねて考えると、むしろそれまでの男女関係がよっぽど柔軟であった事に対して規制を強化し、性的幻想価値を無理矢理にでも高める事と、都市圏における商品市場の拡大は決して無縁なことでは無かったであろうと思われます。

参考:ヨバイ婚の変遷~ヨバイ→呼ばひ→夜這い [7]

ただし、大正~昭和初期までは、「自由恋愛」は庶民が非現実の物語として妄想する程度の代物。一部のインテリ階級の自我が暴走し、暴走を美化せんと書き綴った恋愛観も、庶民から見れば物珍しい演劇の世界だったのでしょう。

そして、格差の広がる時代の家庭像とは、上流階級=お見合い婚、即ち父権の元での許婚、あるいは政略婚による私権確保に対し、人口の半数を占める農村では夜這い婚、都市の貧民層では家庭を持つ以前の状況(町屋のごちゃごちゃ生活の中では、農村同様に夜這いも行われていた)、というのが戦前の日本の実態であったと考えられます。

このように見て行くと、現代の核家族家庭というのは、歴史の短さ以上に、市場拡大戦略の元に組み込まれた強制圧力の遡上に有るのではないか、という事が徐々に垣間見えてきますね。

かわいでした。

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