こんばんわ
今日は子育てについて、すごく重要&以外な発見があったので記事にします
私はもうすぐ母親になるのですが、仕事に復帰するか否かで迷いがありました
子どもにとって母親との充足はとても重要だと言うし…
そもそも子どもは期待の塊のような存在で、その期待に応えてあげたいし、
応えていくことで充足できそうなイメージもあるし…。
そう思うと預けてまで働く必要ってあるの?とモンモンとしていました
が、いろんな人と話してみて気付いたことが、
そこ(密室家庭での子育て)には「評価」がない(できない)。。ということ。
社会の真っ只中の働く場には「課題」があり「役割」があり「評価」がある。
子育てだけでも、子育てという課題があり、母親(+妻)という役割もある。
が、そこには「評価」がないことがもっとも大きな違い
母親が充足し、安定していることが子どもにとってもすごく重要なのは当たり前のこと。だと思っていました。
が、
「母親としての個人の評価を得たいと言う事でしょうが、当の育てられている子どもには
全く関係の無い、幼児のかれらにとっては傍にいつでも母親がいて欲しいし、必要な時期なのでは?」
「社会に貢献できる子どもを育てることは後世に対し十分に評価を与えられることですし、家庭で子育てをすることが、夫が安心して社会で働ける状況を作り出すことにもつながります。そう考えると、社会に出て働くことだけが、評価を得られる術ではないように思います。」
という意見もあり、なんだかすっきりしませんでした・・・
すっきりしないわけは・・・
男の子を育てるときに、気をつけて! [1] (男と女のナイショ話ブログより引用させてもらいました)
父親が外を向いて闘っていて、
母親がそんな父親を尊敬していても、
あるたった一つの思い込みゆえに、
とんでもない欠損が子供に刻印されてしまうのですそれは・・
「お父さんが一番すごい」という思い込みです。
言うまでもなく、社会は広く、もっとすごい人はたくさんいます。
闘っている父親はたしかにいい男ですが、
闘っているいい男は父親だけではありません。にもかかわらず「お父さんが一番すごい」というのは、
偏った固定性の強い評価基準で現実を見ていることになります。そうすると、どんな弊害が出てくるか。
父親と息子とは、母親という女をめぐるライバルなのですが、
もちろん、生まれたばかりの男の子が、男として父親に勝てるはずがありません。ただし母親は普通、父親は父親として、子供は子供として見るので(期待内容も評価基準も別種のものなので)、子供はそこで存在不安や敗北感を感じることはありません。
ところが、母親の価値基準の全てが、父親だとしたらどうでしょう。
母親は、父親への期待と同じ期待を、子供にもかけてきます。
下手すると、子供自身でなく、お父さんの分身としてしか見ていない可能性もあります。そうすると子供は、永遠に解消されない存在不安と、男としての決定的な敗北感を刻印されてしまいます。
そして、家庭で充分な安心感を得ることが出来なかった子供は、仲間世界さらには社会へと対象を広げることが出来ません
ひたすら思考(意識)は内向きで、しかし家庭内では存在不安と敗北感しか得られない。。
そんな、外の世界に向かえない、自信のない男になってしまうのです
一生懸命働いてるお父さんは「すごい 」「ありがたい 」存在
だけど、そういう対象をもっとたくさん拡げてあげることが、子どもにとっても社会が拡がり自信にも
繋がるんです
ぜひこのことを、多くの女性たちに知ってもらいたいなぁ