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スクールカーストって、次代の可能性かも!?

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スクールカーストという言葉は、いかにもおぞましいネーミングですが、実は子供たちが新しい共認関係を創り始めている現象の一端かもしれない。

一見すると、スクールカーストとは固定化された序列であり、アメリカで起きた事件をネタに、いじめの背景になっている、といったマイナスイメージがマスコミによって流布されていますが、大人たちのそのような見方の方が、全くピントはずれではないかと思われます。

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まずは、現象事実から押さえてみると…

sodanさんの調査 [1]によれば、「いじめ」の数は、減少傾向にあるようです。
平成7年がピークで15年までの8年間に半減という急激な減少傾向を示しています。

かつて、「いじめ」は輪番制で、いじめている側であっても、やがていじめられる側になってしまうという状況でした。誰もが、いつ自分が標的になるかわからないという状況。
それほど、みんなが「いじめ」に収束していました。

その理由はまさに収束不全。残された収束先が周りにいる仲間しかないという状況の中で、唯一共通の課題に近いものとして、全員が「いじめ」に収束していたとみなせます。
しかし、いつ自分が標的になるか分からないという非常に不安な状況でもあったわけです。

さて、唯一の収束先であった「いじめ」が減少してきているとしたら、その代わりのものが登場してきているはずです。

かつての「輪番制のいじめ」の減少と平行して登場してきたものが、「固定性の序列(スクールカースト)」だったとみることができそうです。

スクールカーストの序列の基準になっているものは「人気」のようです。つまり、その基準は何でもあり。
もちろん親が金持ちか有名人か、といったことは関係なく、当人の資質に対するみんなの評価が人気の源泉になっていると見れます。

そのような状況の一端を示す面白い図解があります。(リンク [2]

勝ち組オタク、地味系、過剰適応者という分類図式の中で、勝ち組を目指して懸命に努力しているのが過剰適応者
進学期や夏休み明けといったタイミングを見計らって新しいキャラで人気上昇を目指す存在です。

負け組の中で、周りの評価の最下層はオタクですが、自己満足度から見ると、オタクは2番目で、過剰適応者が最下層。

そして、過剰適応状態に疲れたり、開き直ったりすると、過剰適応者地味系オタクに戻ってjいくという図式は、示唆に富んでいます。

みんなの人気評価に収束して努力するものの、必ずしもうまくいかなくて地味系オタクに戻ったとしても、それなりに充足していられる。

マスコミが流布しているような、「いじめ」の背景になっている固定化された序列というイメージとは全く違う状況であることが見てとれます。

時代の先端にいる子供たちの意識は、収束不全の活力衰弱状況から一歩進んで、何らかの課題・収束先を探し始めているとみなすことができます。

課題の中身が不鮮明だから、明快な判断基準にはなっていないものの、まずは周りの人の評価を羅針盤にして収束先(課題)を探し始めている。

そのような意識潮流の中の現象として、「輪番制のいじめ」の減少と、それに代わる「固定性の序列(スクールカースト)」の登場といった図式としてみなせるのではないでしょうか。

byわっと

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