
画像参照 [1]
「お二人は見合い結婚?恋愛結婚?」
答える前にいつものヤツやっちゃってください
な~んて会話は、最近ではあまり聞きませんが、2~30年位前は、良くなされた会話です。
そこで、ちょっと調べてみました。

グラフ出典:国立社会保障・人口問題研究所 [2]
1967年頃、ちょうど見合い結婚と恋愛結婚が半々、その後恋愛結婚が増加して、最近ではほぼ恋愛結婚
しかし逆に、1930年(昭和初期)以前は見合い結婚が主流だったようです。
今、見合い結婚と言えば、思いつくのが結婚相談所?って事で結婚紹介の歴史も調べてみました。
今日は、検索の手が進む~
「結婚」と言えばのオーネットさんのHP [3]より「結婚情報の歴史」 [4]http://www.onet.co.jp/cnt00/renai/new/kekkon_his.htmlを参照させていただきました。
江戸時代中期には浪人武士、町人などの職業紹介を兼ねた「肝煎所」と呼ばれる「結婚媒介業」をしていた人たちがいました。

出典 [4]
図は水茶屋で待つ優男(やさおとこ)と、恥じらいながら世話役に案内される女性。との事です。
明治13年(1880年)5月、山口吉兵衛が大阪で始めた「養子女婿嫁妻妾縁組中媒取扱所」が最初です。・・・・中略・・・・以後、明治・大正にかけ「高砂屋」の愛称で、庶民社会に大いに親しまれるようになりました。
またその頃、新聞に「結婚広告」も出現します。これは自分の略歴、相手の希望条件を掲載し、自分自身で結婚相手を見つけようとするもの
写真 [4]
「オイオイ、個人情報もなにもあったもんじゃない」って感じで、ちょっとサプライズなのですが・・・それだけ必死だったって事でしょうかね?
公立の結婚相談所が設立されたのは、昭和8年(1933年)東京市においてです。
第二次世界大戦後、結婚適齢期男子の減少で、女性に厳しい結婚難が訪れました。東京大学日高孝次教授による自宅を開放しての集団見合い、適齢期男女を集めた大規模なパーティが開催されました。
昭和27年(1952年)には、「結婚相談室」が文化人の手によって設立されマスコミを賑わしました。以後、関連企業が多く設立されます。
以上が結婚相談所の歴史
さすがオーネットさん
良く調査されています。ありがとうございました。
日本では、村落共同体の中で、村の規範によって縁組してもらえていたので、結婚相談などと言うのは必要なかった。ところが、大阪や江戸等、都市部の武士や町人には必要だった様ですね。
しかも、悪質な紹介屋に掴まると、女郎都市部における根無し草状態とは、この頃からあった様です。
この現象はもっと古く、鎌倉時代から存在し、当時はブローカーまがいのヤツも現われ、仲介御法度まで出されたようです。
新聞広告の例を見ればわかりますが、現在のようなネットなどの情報網も無い時代、自分で結婚相手を探すと言うのは相当の無理難題だったのでしょう。
随分と脱線しましたが、冒頭のグラフに戻ると、1970年代以降は恋愛結婚が主流となった訳ですが・・・・結果はいかがでしょうか?
離婚率上昇、晩婚、不倫、家庭崩壊、精神破壊・・・・・と良い話は聞きません。
最近では(このブログでも紹介していますが)、家庭は、モンスターペアレントを始め、
自己中製造工場になっている?
そもそも、恋愛=「自分の好きな相手を選ぶ」、と言う時点で
自己中な気がしませんか?
自分の「好き」で持った家庭ですから、当然、家庭の中では好きなようにしたい。
だから、他人には口を出させない。
その為にも、他人の家庭には口を出さない。
・・・お互いにね!!
って感じで、不可侵条約が結ばれ、家庭はドンドン密室化していく。
そして、様々な家庭問題、社会問題を生み出している。
どうも、恋愛結婚への転換が大きな契機になっているようです。
見合い結婚から恋愛結婚への変遷、皆さんはどのようにお考えですか?
ご意見お寄せください。
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