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全国学力テスト、どう活かす?

Posted By kawait On 2007年5月3日 @ 10:29 PM In メディアと教育 | 1 Comment

4月24日に実施された全国学力テスト(小中計約3万3000校で実施。小学校6年と中学3年の計約240万人が参加予定)、その後の状況は如何に?

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という事で、しばし探索してみました。今回、約40年ぶりに復活となったこの学力テストの実施は、けっこうな紆余曲折があったようです。以下、ざっとポイントを抽出してみました。

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・約40年前に行われていたテストは、学校・自治体間の「学力コンテスト」と言われる競争激化を理由に廃止された。(毎日新聞より抜粋)

・国による全国学力テストの歴史は1956年の全国学力調査までさかのぼる。最初は抽出調査で、全員を対象としたのは61年からの中学2、3年生だ。この時も、国全体の学力向上を図るには、すべての学校が自校の学力の到達度を全国的な観点から診断することが必要という判断がされた。私立もほとんどが参加。参加生徒数は2学年で四百数十万人規模となった。

・日教組が反対闘争
最も影響の大きかったのが、北海道旭川市の中学で61年、校長に学力テストの中止を求めた組合員が公務執行妨害罪などに問われた「旭川学テ事件」だ。旭川地裁は66年、札幌高裁は68年、判決の中で国による学力テストを違法と認定した。

・テストへのアレルギーから、長く全国規模のテストが行われなかったことで、当時の文部省はデータ不在のまま教育政策をつかさどっていたことになる。

・公立校では唯一、犬山市教委だけが不参加。「競争によって学力向上を図ろうとする考え方は、豊かな人間関係のなかで人格形成と学力の保障に努めてきた犬山の教育理念と相いれない」などと記している。

・私立の参加も6割余にとどまる。テストの成績による比較に利点を感じない学校も多いためだ。4月実施、9月公表というスケジュールでは、結果が生かし切れないと不満の声もある。

・個人情報保護の点からの懸念の声も上がっている。このため、解答用紙に個人名を記さなくてもいいような措置が取られた。 (読売新聞より抜粋)

・全国の公立で唯一不参加となった愛知県犬山市の小中学校では、通常通りの授業が行われた。犬山北小学校には大勢の報道陣が詰めかけるなか、子どもたちが笑顔で授業に臨んだ。

・学力調査はプライバシーの侵害にあたるなどとして、自分たちへの調査取りやめを求める仮処分申請をした京都市と京都府京田辺市の小中学生9人。京都地裁の結論は出ておらず、うち小学生の1人は24日、保護者と相談して「周りの目が気になるから」と学校を休んだ。 (朝日新聞より抜粋)

また、
文部科学省
全国的な学力調査について [2] では
平成19年度全国学力・学習状況調査の調査問題・正答例・問題趣旨が見れます。

さて、上記抜粋以外にも、結果の公表は各自治体・学校レベルでの判断に委ねられており、テストは実施はしたもののその後の取り扱いについては、様々な見解・議論がしばらく混迷 :roll: を続けそうな様相を呈しています。

結果が出るのは9月という事で、だいぶ先のことになってしまいますが、様々なマスコミ、政府、教育委員会、学者などの見解はどれもパッとしません :confused: 。どちらの言い分が正しいか?というより、本当に子ども達の事を考えているのか?という疑問符 :-( が増えていくばかり。

新聞各社の抜粋を見比べても解るように、これらの論争は、根底にあるイデオロギー が答えを見えにくくしているとしか思えません。

例えば高校受験や大学受験に挑む子ども達は、普通に全国共通模擬試験などを通じて学力を把握しながら、学習内容のターゲットを絞り込み、あるいは補強を重ねて壁を乗り越えていくものです。

現実を知ることから
しか、成長はあり得ませんからね。

しかし、「人権」「自由」「平等」といった近代思想の観念群は、これら現実の状況に明らかに蓋をしてしまう弊害でしかない。

今でこそ日本国憲法にも掲げられ、言葉としては当り前のもの(というか、実際普通の人は日常的に殆ど使わない言葉 :-( )ですが、現実的にこれらの言葉の示す状況が実現する基盤など、どこにもありません。「自由」と「平等」を並列に並べただけでも、矛盾だらけ であることは一目瞭然。

そもそも、これらの観念は現実に対するアンチテーゼとして作られた理想論 そのものであり、例えば何故「個人が絶対」であるのか?何故「自由こそが正義」であるのか?などの根拠など、どこにもないのです。だから、アメリカなどでも最終的には「 神から与えられた権利 」として、論理不十分である実態をごまかしてしまうのです。

この古い観念の位相は、家庭の聖域化とも切り離せない根の深い問題なので、後日改めて追究するとして。。。

さて、マスコミや学者のずれた見解は当てにしないとして、今回の学力テストをどう評価するか?

最近の子ども達の意識潮流を読み解くことで、現実に活かせる部分はおおいにあるように想います。

「仲間収束」をしている子ども達にとっては、テストの結果が出ることで過度の競争を煽る不安よりも、お互いの利点・弱点を理解する事によって、ともに真似びあい、学びあう仲間として切磋琢磨してもらう方向に導いていく事が重要なのではないでしょうか。

特に今回のテストで評価できるポイントは、思考力に重点を置いた問題。

「なぜそのように考えたのか?」

このような問題を話題として取り上げ、みんながどのように物事を捉えているのか?どのように考えると正確に状況を掴めるのか?などなどを、共通課題として話し合ったら良いのではないでしょうか。

全国の先生達に期待します!

テストをネタにクラスを盛り上げる方法論をドンドン考えて下さい!!

長文ですが、最後まで読んでいただいてありがとうございます。

かわい、でした。


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[2] 全国的な学力調査について: http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/index.htm

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