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家庭の教育力が低下したって、本当?

Posted By sachiare On 2006年12月16日 @ 5:56 PM In 家族のかたち | 4 Comments

みなさんは、“学級崩壊”“いじめ”などの学校での事件や問題を見て、最近は「家庭の教育力が低下した」とか「今の若い親はこどもをしっかりしつけていない」と思っていませんか?

実は、私も最近までそうだと思っていたのですが、どうもそれは事実ではなく、マスコミによって作られた間違った固定観念のようです。

では、現在の家庭の問題点、社会の課題はなんなのでしょうか?少し前の共同体の子育て・しつけと、現在の子育て・しつけの違いから、考えてみます。

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参考:『日本人のしつけは衰退したか』(広田照幸)

●共同体の中のしつけ(共同体⇔家庭⇔子ども)
多くの人々が農業や漁業などの生産を生業としていた時代には、家庭は生産と消費と一体となった場であり、その生産活動は地域の共同性に支えられていました。

そこでの子どもは将来、家業を継ぐ存在であり、同時に地域の共同体をまとめる役割を担う存在でした。

子供を産んだ母親は、嫁として農作業や夜なべ仕事で休みなく働くので、子育ては働けなくなった年寄りや年長の子供が子守りや世話をしました。少し大きくなれば、奉公先や共同体でしつけをしてもらう。

共同体の中でどうふるまうか、その規範を教えたのは親ではなく、共同体全体でありその青年組などでした。だから、礼儀作法をはじめとして社会的に必要な規範の多くは、家庭の外で身に付けるものでした。

共同体で育てるという暗黙のルールがあったから、家庭でのしつけは、地域社会でのしつけもでもあった訳です。子どもたちもどこでも社会の規範を覚えられたし、親も子育て・しつけの仕方に迷う事は無かったようです。

●現代家庭のしつけ(社会(分断)家庭⇔子ども)
大正期頃の新中間層から「小さいうちからちゃんとしつける」という、教育的配慮に満ちた育て方が登場しました。戦後しばらくは、そういうしつけは「民主的しつけ」などと呼ばれていましたが、高度成長期頃を過ぎた70年代には地域や家庭による階層差が小さくなり、どの家族も、子どもを小さいときから教育的配慮の対象にしていく「教育家族」になりました。

地域共同体は崩壊し、家庭は地域社会と切り離された個別の存在となり、いわゆるサラリーマン家庭(核家族)が多くを占めるようになりました。

この家庭は生産の場と切り離され消費だけの場であり、そこには家業を継ぐという課題はありません。子どもの成長は、唯一家庭のためであり、そのための子育て・しつけは家庭が一身に担うようになりました。
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 こうしてみると、現在は「家庭の教育力が低下した」「今の若い親はこどもをしっかりしつけていない」のではななく、むしろその逆だと気付きます。現代は、家庭が何もかもしょいこみ、親のしつけや教育が子どもの将来を決定するかのように考えています。

長い間、つい最近まで、子育てやしつけは、誰もが共通課題を担う共同体という社会的な場で、みんな課題として行なわれてきました。それが、70年代を境に、個別の家庭や母親・父親が全てを決定するものに変ってしまいました。少年犯罪がマスコミに登場するのはこのころからです。

そうであれば、「密室家庭」が子どもたちを囲い込み、教育やしつけを独占している限り根本的な解決にはなりません。「家庭を聖域にしてはいけない」のだと改めて思います。

(さいこう)


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