掲示板『学級崩壊が進むのは、何で?』 [1]からの投稿紹介です。
朝生『激論!“いじめ“”自殺“と日本の教育』を見て危機感を覚えました [2]
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11月25日の朝生『激論!“いじめ“”自殺“と日本の教育』を見て、無責任極まりない言動、次々と出て来る問題発言に危機感を覚えました。
「ゆとり教育」を推し進めてきた寺脇研(前文部科学省大臣官房広報調整官)の発言「私のこれまでやってきたことは間違っていなかった。それを徹底できなかった現場の教師の問題が大きいのです。」に対し、喜入克(都立高校教師、「教師の会21」代表)が食って掛かった。「教育の現場で教師たちはもがき苦しんでいるんです。子供や保護者や地域社会からあれこれ言われ、そんな中で上からの方針をそのまま実行できるわけがない。」
例えば、ある会社の経営がうまくいっていない場合、社長は「私のビジョンに間違いはない。それを実現できない社員に問題がある。」と言っていられるだろうか。また、社員は「私たちは一生懸命やっている。それを分かってくれ。」などと言えるだろうか。
現実を捉えようとしない。問題に向き合おうとしない。状況を好転しようと思っていない。被害者意識に駆られ、責任逃れや押し付け合いばかりしている。
普通の会社ならありえない光景、しかしそれが現在の教育機関の姿なのだと思いました。会社なら潰れておしまいですが、しかし教育問題のしわ寄せは社会にはっきりと現れてきています。彼らには任せておけない。
学者や文科省は、(うまくいかない)現実を直視せず、自らの地位を守るためだけに、決して実現されることのない空論を繰り返す。
現場の教師は、自分たちがどういう教育を行っていくのか、社会の当事者として本気で考え、共認形成し、実現していく基盤をもたない。
自己中の元凶である家庭は聖域と化し、責任逃れを続けている。
マスコミは頭のてっぺんから足の先まで、傍観者である。
現代の教育論には、(真の意味での)当事者が不在である。
iwai